プールが自宅周辺になかった頃

プールが自宅周辺になかった頃

私がまだ小学校入学前か、せいぜい低学年だった50年以上前、大きな緑地公園の中に、50メートルの市民プールができた。

自宅からそこまではかなり遠く、近所の子供達数人と自転車でよく行った。

私は兄が運転する自転車の後ろに乗せてもらった。

途中、大きな産業道路を横切らなければならなかった。

そんなことをいつまでも覚えているのは、産業道路を横断する時、自転車を運転している兄や近所の年長の子供達が、道路を凝視し、車の流れが途絶えるのを待っている間に見せる、かなりの緊張感を、近くで目のあたりにしていたからだ。

そんな危険をおかしてまで、多くの子供達がプールに行きたかったのは、エアコンとて無い時代に、夏の暑い盛りに水の中につかっている間は、全くといっていいほど、暑さを忘れられたからだろう。

市民プールなので、入場料も小遣い程度ですんでいた。

二時間たっぷり暑さを忘れた後は、プールの出入り口のところに、自転車で売りに来ているアイスクリーム屋によることを欠かさない。

幼い頃の、何もない時代のプールは、いつまでたっても忘れられない。

小学校でのプールで1000を泳ぎきる

まだ、やっとクロールで25メートルを何とか泳げていた私が小学校だったある夏、担任の先生が、プールの中でカエル泳ぎをしていた。

ずっと顔を出して、楽そうに泳いでいる。

「先生、どうしたら、そんなふうに泳げんのん?」と聞いてみた。

先生の答えは覚えていないが、その夏の終わり頃、顔を水の中につけて、平泳ぎの息継ぎが出来るようになり、担任の先生のように、ゆっくりと泳げるようになった。

今考えると、その先生に教えてもらったのかも知れないが、息継ぎのポイントは、プールの中で意識的にぶくぶくと息を吐くことだった。

そうすると顔をプールの水面から上にあげたときに、自然に外気を吸うようになり、それを繰り返せば、空中で呼吸しながら歩いているのと全く同じ状況が作り出せるのだ。

その年の夏のおわり、25メートルプールを何度も往復して、1000メートルを泳ぎきることができ、水泳に自信のようなものを覚えた。

顔を水中につけていたとはいえ、自然と顔が上向きになった状態が何時間も続き、時々、ターンをするときに思い切り、首を下に曲げて、首のコリを和らげていたのを覚えている。

プールについて

1000メートルに到達して、久し振りにプールからあがって空気に目をさらし続けると、何か目が曇って、カエルの目の膜のようなもので自分の目が覆われているような気がした。

1000メートルを泳ぐのに何時間かかったかは覚えていないが、泳ぎ続けている私をじっくり見届けてもらった水泳の担任の先生に、今更ながら感謝している。